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2005.05.11

■鄧麗君●没後十年 生前大陸に寄せた想いと反発■

ASIEN第245号+聯合報

4163668403 一九九五年五月八日、鄧麗君(テレサ・テン)がタイのチェンマイで客死してから今年でちょうど十年。台湾は台北縣金山郷にある彼女のお墓には、今年も多くのファンが訪れました。お墓を囲みテレサを偲んで交わされる言葉には、台湾國語(北京語)だけでなく広東語も多く聞かれ、また大型連休を利用して来たとおぼしき日本人の姿もあちこちに。没後十年を経ても、変わらぬ人気のほどがうかがえます。

 タイで死亡が確認された際、テレサが所持していたのはベリーズ(カリブ海の小国です)のパスポートでした。彼女の弟によると、彼女は生前このパスポートを使って大陸にも行きたいと願っていたそうです。「一度上海の外灘(バンド)を見てみたい」というのがその願いだったようですが、どうしても大陸の土を踏む決心がつかず、とうとうその願いをかなえることなくこの世を去りました。

 台湾では早くから“軍中情人”“愛國歌手”と呼ばれた彼女は、大陸の共産党政権に対する反感が強かったと言われています。大陸側でもテレサの歌を“靡靡之音(退廃的なメロディ)”と形容するなど、日本での「演歌歌手」というイメージとはかなり趣を異にする、彼女特有の政治的な立場がありました。とはいえ改革開放が始まった八十年代初頭、大陸では「昼は大鄧(鄧小平)の話を聞き、夜は小鄧(テレサ)の歌を聞く」と言われたほど彼女の歌は大衆に愛されていたのです。

 そうした人気を受けて、大陸でのコンサートが何度も計画されましたが、そのたびにテレサは首を横に振っていました。「大陸でコンサートを開いても、聞きに来るのは共産党の幹部ばかり。私の歌を愛してくれる一般の人々には届かない」というのがその理由。一九八四年に香港のホンハムでコンサートが開かれた際も、会場に軍服姿の共産党幹部が多く座っているのを見るや『中華民國頌』という曲を歌って、軍服の一団が席を立ったというエピソードも残されているほど。

 歌手デビュー二十周年を迎えた一九九〇年には、天安門広場でビデオコンサートを開く計画もありました。これはテレサが「中国四大美女」の楊貴妃・西施・貂嬋・王昭君に扮したMVを制作し、それを無料で上映するというもの。無料ならば一般の人たちも聞くことができるとテレサもこのプロジェクトに乗り気だったようですが、一九八九年の天安門事件で計画はあえなく頓挫してしまいました。

 没後十年を経て、今年は彼女を回顧するさまざまな動きが見られます。桂林では香港・赤柱(スタンレー)にある生前の住居をそのまま模した記念館が建設されていますし、この四月にはDVDとCD、それに書籍がセットになった『テレサ・テン歌姫伝説』が発売されました。また評論家の有田芳生氏が三月に上梓した『私の家は山の向こう――テレサ・テン十年目の真実』も現在翻訳が進められており、この八月にも中文版が出版される予定です。(銭衝)

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